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芥川龍之介と菊池寛の関係も、中原中也と小林秀雄の関係に似ている。

 芥川龍之介は若くして自殺するが、
 菊池寛は文芸春秋社を設立し、大成功して富豪になる。
 大映の社長にもなる。

 親友の芥川の為に、「芥川賞」を設立したのは、菊池寛である。
 作家としての菊池寛は平凡だが、実業家としての彼は鬼才である。
 ちなみに、「小森のおばちゃま」こと小森和子は菊池寛の愛人のひとりだった。

 芥川の子供の名前は、それぞれ親友の菊池寛の「寛」(長男:比呂志)、小穴隆一の「隆」(次男:多加志)、恒藤恭の「恭」(三男:也寸志)をもらって漢字を替えて名づけた。
 友情に厚かった芥川の人柄が偲ばれる。




 菊池寛が芥川龍之介が自殺後に、弔辞として書いた文章


芥川の事ども
菊池寛


・・・・・・死後に分ったことだが、彼は七月の初旬に二度も、文藝春秋社を訪ねてくれたのだ。二度とも、僕はいなかった。これも後で分ったことだが、一度などは芥川はぼんやり応接室にしばらく腰かけていたという。しかも、当時社員の誰人も僕に芥川が来訪したことを知らしてくれないのだ。僕は、芥川が僕の不在中に来たときは、その翌日には、きっと彼を訪ねることにしていたのだが、芥川の来訪を全然知らなかった僕は、忙しさに取りまぎれて、とうとう彼を訪ねなかったのである。彼の死について、僕だけの遺憾事は、これである。こうなってみると、瓢亭の前で、チラリと僕を見た彼の眼付きは、一生涯僕にとって、悔恨の種になるだろうと思う。
 彼が、僕を頼もしいと思っていたのは僕の現世的な生活力だろうと思う。そういう点の一番欠けている彼は、僕を友達とすることをいささか、力強く思ったに違いない。そんな意味で、僕などがもっと彼と往来して、彼の生活力を、刺激したならばと思うが、万事は後の祭りである。
 作家としての彼が、文学史的にいかなる位置を占めるかは、公平なる第三者の判断に委すとして、僕などでも次のことは言えると思う。彼のごとき高い教養と秀れた趣味と、和漢洋の学問を備えた作家は、今後絶無であろう。古き和漢の伝統および趣味と欧州の学問趣味とを一身に備えた意味において、過渡期の日本における代表的な作家だろう。我々の次の時代においては、和漢の正統な伝統と趣味とが文芸に現われることなどは絶無であろうから。・・・・・・
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