株式投資で資金30万円を5年間で160万円に増やすことに成功。今度はFX投資で300万円の資金で1日4,500円のスワップ金利収入を毎日ゲットすることに挑戦する。  ETFリートでバーチャル大家も目指す。 退職後は豊かな投資ライフを楽しむ  
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縄文式FX投資法
■デジタル縄文式FX投資法の真髄
①下がったら1,000通貨単位で追加購入を繰り返すことによって、「平均購入価格」を下げる。
②為替差益が保有通貨から発生する1日あたりスワップ額の3ケ月以上発生したら、一旦、売却し利益確定する。


 やはり、ちょっと堪え性がない。
 利息狙いなので、がんばって保有していればいいのに
 売却してしまった。

 1ケ月後の10万円よりも、明日の1万円と言う考え方が
 私の考え方である。
 日雇い的、発想である。

 為替差益     57,300円
 スワップ利息    4,399円

 手数料引き後合計 61,699円


 FX収入合計 649,915円

 
脱マイクロソフト計画を実行している。

 理由は、どんどん新しいソフト、パソコンを自動的に購入するシステムに組み込まれていることが近頃、わかって来たからだ。

 結局、このIT社会はマイクロソフトを儲けさせるシステムなのである。すべての現代社会は、マイクロソフトの家畜になっていると思う。

 理屈は、これくらいで
 私の実行したことを紹介する。


 ①「低スペックパソコン」でも、サクサク動くシステム環境の構築である。

 ②ブラウザーをIEから、オペラに変更した。
  オペラのキャッチフレーズに惚れた。
 「10年前のパソコンでも快適に動きます。」
 「世界で1番、早いブラウザ」

 ③ウイルス対策ソフトを「ウイルスバスター」から無料ウイルス対策ソフトの「AVG」に変更する。

 一般的なウイルス対策ソフトは、「低スペックパソコン」では重すぎて動かない。
 「低スペックパソコン」でも、快適に動作するウイルスソフトが「AVG」である。
 しかも、無料である。
 無料だと不安もあるが、これでセキュリティーもとりあえず安心だと思う。


 次の計画はOSをリナックスに変えることである。
 これは、ちょっと手間がかかり、体調不良の私には負荷がかかるが、言わばこれが小泉構造改革で言えば、「郵政民営化」と同じで、不退転の決意で実行しなければならない。

 OSをリナックへ変更することで、私の脱windows計画は完了する。


 これで2万円の「3丁目の夕日パソコン」でも、快適にサクサク、デジタル縄文人としての活動できる環境ができるのである。

 「低スペックパソコン」でも、「低スペック人間」でも輝かしく生きていけるシステムを構築することが、私の使命なのだと思う。 
集計時刻:2007/09/22 06:00:00

■□■ 合計


 評価損益 :-673,540

================================

◆ ドル/円(買)
 未決済ポジション :95,000
-----------------------------
 評価損益 :-577,940

◆ NZドル/円(買)
 未決済ポジション :50,000
-----------------------------
 評価損益 :-95,600
税引き後で、5,115円です。

 3ケ月に1度、入金されています。

 なぜか、これは株式収入に入れて計算しています。


 税引き後収入合計
 1,447,552円


 中学生の時に見た夏目雅子の裸体は衝撃的だった。
 肢体は非常に繊細なのに、その体にはアンバラスとも言える豊乳で、
 しかも、豪快な脱ぎぷっりだった。

 美人薄命

 この言葉は、彼女のそのものだと思う。

 私は才子多病かもしれない。
 近頃、祖母とか曽祖父とかの話が多いのは、私の試みである。
 自己分析をしてみようと思っているのだ。
 私の複雑な性格はどうやって発生したのか、その原因を確認したいと思っている。
 それには、「自分史」を使った自己分析と言う手法がいいのではないかと思い試みている。

 計画では、
 ①祖母と祖父の結婚
 ②結婚した時の、祖父の実家の状況
 ③母の生い立ち
 ④父の生い立ち
 ⑤父と母の結婚
 ⑥私の家族

 と言う段取りで、分析を進める計画である。
 

 非常に壮大な自己分析で、たぶん、途中で挫折しそうだと思う。

 
 小説家の「井上ひさし」は釜石と縁が深い。
 実母のますさんは、息子が成功したにもかかわらず、終生、釜石在住であった。


 彼の代表作の「吉里吉里人」に横内の小笠原家の人物が登場する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E9%87%8C%E5%90%89%E9%87%8C%E4%BA%BA


・カツゾー小笠原(かつぞー おがさわら)
吉里吉里国内を巡回する国会議事堂車の運転手で、吉里吉里国の初代大統領。


 傑出した人物としては書かれてない。
 
 だいたい、私は小笠原家の特徴は「地味」さにあると思う。

 武田信玄は信濃守護小笠原長時を称して
「非常に名門意識が高いだけで、実は小心者で、女好きな男」と言っている。

 これは、小笠原家の特徴を実によく表していると思う。

 「小心者」・「女好き」な為に、古代から現代に至るまで、小笠原家は滅びずに常に日本の支配階層に属し続けていることが出来たのだと思う。

 武田家、小田家、豊臣家は勇敢さ故に、滅び、現在の社会には存在しない。

 「小心者」・「女好き」な性格だったので、小笠原家は日本全国に種が残っているのだ。

 東北の小笠原家は上杉謙信との縁が深い。
 しかし、戦国時代にこれと言って、東北の小笠原家は顕著な活動はしていない。


 関が原の合戦で徳川に敗れた小笠原は九州方面と東北方面に2方向に分かれて敗走した。
 九州方面に敗走した小笠原家は、その後、小倉城主まで登りつめるが、
 東北方面の小笠原家には、そんな出世はなく、あくまで地味であった。

 ぱあーとした活動がない。

 しかし、私が小笠原家の法事に参加して思うことは、国体選手4人とか、弁護士、校長とか心身ともに優秀な人がゴロゴロといるのはさすがに小笠原家の血筋を感じざるおえないと思う。

 サッカー日本代表の小笠原満男の顔を見たときに、仏壇に飾ってある曽祖父の写真にあまりにも似ているので、笑ってしまった。

 そして、小笠原満男を見ていると典型的な小笠原家の性格だと思う。
横内の小笠原家



古里、横内集落も種戸坂に向かう街道筋だった様で、殆ど傾斜地にかかわらずけっこう栄えていた形跡が伺えます。傾斜地ゆえ家や田畑はみな石垣の上にあります。
釜石市周辺では石垣は結構散見されますが、この地区は抜きん出ています。中でも白眉なのが横内の外れにあるこの小笠原家住宅。まるでお城の様な石垣です。現在は人は住んでいないそうですが管理はされてる。

  http://www.city.kamaishi.iwate.jp/sangyou/eco/yukyu/5.PDF#search='横内 小笠原家'

 現在、横内の小笠原家住宅は岩手県の指定文化財として保護されている。
 小笠原家は明治時代から「選挙権」があった。
 ルーツは関が原の合戦で敗れた後に、上杉家を頼って落ち延びた小笠原家家臣団の一員らしい。

 通常、江戸時代の南部藩では武家屋敷以外には、「石垣」の許可をしないのだが小笠原家は特別に武家屋敷仕様の住宅を許可されたとのことである。

 横内の小笠原家は400年の歴史がある。

10.和山の三軒茶屋

 当時、和山には3軒の宿屋があり、常に50人くらいの人が泊っていたといわれる。大槌よりここまで35里、遠野にも35里の中間にあり、天保6年(1835)、大槌町の後藤忠兵衛がここに荷振り中継所を設置しました。荷物の積み替えをするところです。よくみなさんが「和山」といわれるが、実はこういう所なのです。

http://homepage3.nifty.com/sanriku-info/5sio03.html

http://homepage3.nifty.com/sanriku-info/5sio01.html


 和山の三軒茶屋のひとつが、祖母の実家である。
 及川家は和山を代表する旧家である。
集計時刻:2007/09/15 06:00:00

■□■ 合計


 評価損益 :-851,840

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◆ ドル/円(買)
 未決済ポジション :95,000
-----------------------------
 評価損益 :-581,740

◆ NZドル/円(買)
 未決済ポジション :50,000
-----------------------------
 評価損益 :-270,100



長期保有で、勝負だ!!
 愛犬のマリリンが白内障の治療の為に、首にカラーを着用した。

 ロココ調になったので、ロココ犬と命名したのだ。
 今日もまた、和漢の待合である。
待合の時間はヒマである。

 もう、故人になって久しいが私の母方の祖母の思い出を書いて見ようと思う。

 彼女は6人の子供を抱えたまま若くして未亡人になった。
それが原因で非常に節約家になった。
 私の母は結婚したのだが、祖母のアパートに一家で住み込んで、私が高校生になるまで居候をした。

 厳密に言えば、母は「生みの母」で、「育ての母」は祖母である。
 私の母は松田聖子並みに、子育てをしてない部分がある。
 仕事が忙しいので、しょうがないのかも知れないが・・・・。

 そんな訳で私の日常生活は、祖母との関係が深い。
一緒に風呂に入ると体をゴシゴシと洗ってくれた。
はっきり言って祖母に洗ってもらうと、痛いというか、激痛だった。

 しかし、祖母は「足洗い」が非常にうまかった。
リフレクソロジーの技術も駆使された「足洗い」だった。

 なんで、私の祖母がそんな特殊技術を持っているかと言うと祖母の実家は昔の南部藩時代の交通の要所にある旅館で、祖母の仕事のひとつは泊り客の「足洗い」だったそうだ。
 岩手は今でもそうだが、山だらけ、峠だらけである。
泊り客の仕事は、盛岡方面への物資の運搬である。

http://www.pa.thr.mlit.go.jp/kamaishi/sdy/monogatari/m0105.html

 馬達の背にこれでもかというほど荷物を乗せて、隊列を作って旅をするのである。

 その旅人の休憩地点、宿泊地点が祖母の実家近辺で農業のかたわら旅館業を営む豊農もあった。
 そのひとつが祖母の実家である。

 祖母が子供の時代には、子供でも家の手伝い、仕事の分担があって、かなり責任をもってしっかりとやらなければならないとのことであった。
 祖母は学校の勉強よりも、家の手伝いの方が好きで一生懸命やったと言っていた。

 それなので、「足洗い」も単に「足洗い」ではなく、疲れた旅人を治療し癒す技があった。
 
 祖母は足のツボをたくさん知っていた。
三里の灸とか、踝のツボとか知っていて、そこをどうやってマッサージーすれば効果あるのか熟知していた。

 この「足洗い」の重要なポイントは「お湯」である。
祖母の「足洗い」の仕事は、薪を燃やしてお湯をつくることから始まる。

 お湯の温度は、お客によって変える。
熱いお湯の好きな旅人には、熱いお湯。
ぬるめのお湯の好きな旅人には、ぬるいお湯。

 お湯を作るには、薪が必要で、だから、お湯は大切につかわないとダメだと一緒に風呂に入りながら教えられた。

 このお湯を作るのに、薪が何本必要かわかるか?
と質問されたこともある。

 風呂は灯油で沸かしているので、薪で何本?と言われてもわからない。

 そして、私の体をゴシゴシ洗ったタオルを桶に入れて洗うと表面に垢がついた泡があがる。

 当然、その桶のお湯を捨てるのかと思うと、金魚すくいの網を細かくした器具でその垢と泡をすくって、桶のお湯を私にぶっかけてきた。

 ばあちゃん、汚ね~よ。せっかく洗ったのに。

 お湯は大切なものだと、今、教えただろうが。
 垢はすくって、取ったのだから、このお湯は汚くない。
 お湯は大切に使え!

 ゴシゴシ洗われて体中、痛いし、最後に汚いお湯をかけられるので、祖母と風呂には入りたくないと思った。
 島田洋七の祖母と私の母方の祖母は似ていると思った。
 だいたい、ベストセラーの本の主人公と言うのは
 読むと自分と似ていると思う。
 それは、自分だけでなくみんなが自分と似ていると思うから
 ベストセラーになる。


 私の祖母は大正生まれで、54歳で6人の子供を抱えたまま未亡人になった。
 その長女が私の母である。
 祖父は通勤途中の交通事故で亡くなった。
 今だったら、生命保険とか遺族保証とか、6人の子供がいるのだから経済的な保証がなされてだろうが、ほとんど加害者からも、祖父の勤務先の会社からも経済的な保証がなかったとのことである。
 祖母が夫がなくなって呆然自失の状態の時に、いろいろと示談とかの判子を押してしまったのが原因らしい。

 勤務先の会社は新日鉄だったが、ほとんど遺族保証がなかったとのことである。

 しかし、曽祖父と祖父の残した遺産はかなりあり、それを元手にアパートを建設したり、そのアパートを運送会社の独身寮(下宿)として経営し、6人の子供の子育てをした。

 祖母のことをみんなは「大家」さんと呼んでいた。

 それだけではなく、昼間は近くにできたボーリング場の清掃婦として働いていた。

 私が小学校時に、ボーリング場にあるゲームコーナで遊んでいると、祖母が働いていた。
 便所掃除とかしていた。

 「佐賀の・・・」も清掃婦をしていたので、ここも似ていると思う。

 母の実家は3つの山を保有していたのだが、養育費用として2つ売却した。
 しかし、今でも小佐野駅の裏の山は保有してある。

 佐賀のがばいばちゃん同様に、非常に節約家だった。
 孫の私から見ると、祖母の病的な節約クセには閉口することがしばしばだったが、今、冷静に考えて見ると祖母は一人でよくがんばって、母とかおじさん、おばさんを養育したものだと感心もするし、尊敬もする。
集計時刻:2007/09/08 06:00:00

■□■ 合計


 評価損益 :-1,220,090

================================

◆ ドル/円(買)
 未決済ポジション :95,000
-----------------------------
 評価損益 :-757,490

◆ NZドル/円(買)
 未決済ポジション :50,000
-----------------------------
 評価損益 :-462,600
 投資のブログなのに、投資の話が近頃ない。

 今、100万円くらいの含み損がある。
 この状態を塩漬け状態と言うのだろう。
 株だったら、この状態に陥ったらバカみたいに保有しているしかない。
 FXの場合、この「塩漬け状態」でも毎日、2,000円くらいの利息が(スワップ)が入金される。
 月に6万、年に72万円である。


 そうやって利息をもらっている間に、反発して為替差益でも儲けると言うのが私の手法である。

 今のこの状態は、ある意味、好機なのである。
 骨折中の母は、野村 沙知代と同級である。
 1932年生まれである。


 野村さんがコロンビア大学留学疑惑が出た時に、母から聞いた話がある。

 この時代は、日本は非常に貧しかった。
 貧しかったと言うよりも、貧富の差が非常に激しい社会であった。

 それは教育格差に顕著に見られ、女学校に進学できるか、どうかでだいたいの家柄を判断できた時代であった。

 この時代に海外へ留学すると言うのは、皇族並みの家柄でないとできない。

 野村 沙知代の本当の学歴は、国民学校中退で女学校にも進学していない。
 そんな人が、この時代、海外留学できるはずがない。

 戦後の混乱期には、米兵を相手にする娼婦が数多くいた。
 普通、娼婦は不特定多数の客を相手にするのだが、
 たまに米兵の将校に気に入られて、「オンリーさん」と呼ばれる娼婦になる人がいる。

 「オンリーさん」とは、その特定の人の専用の娼婦である。
 だから、「オンリーさん」なのである。
 さらに、まれだが、専用の娼婦から米兵と結婚する人もいる。

 野村 沙知代はこの「オンリーさん」から米兵と結婚した、娼婦の立身出世物語の人ではないのか?

 これが、母の推測である。

 おそらく、同世代の人間なら野村 沙知代が「オンリーさん」あがりではないのか?と思う人もいるが、TV、雑誌でも言えないタブー的なことなんだろうとのことである。


 母はこの時代の女性としは、かなり珍しい4年生大学出身である。
 家柄がいいのではなく、戦後の成金成功者の娘として
 岩手から東京の大学へ進学した。

 その特権意識は、今も、かなり強く深い。
 自分は特権階級だと心の深い部分で持っていて、基本的に人に対して米倉涼子並に尊大である。

 それは、どんなに苦労したり、貧乏しても、変化しないようである。

 人間の心には「コア」の部分があり、そこは人生でどんな境遇に陥っても普遍なのではないかと思う。
 その「コア」が形成されるのは、いわゆる「青春時代」ではないのか?
 「青春時代」の挫折とか、栄光とかは一生消えない。


 野村 沙知代は、その後の人生でどんなに成功し、田園調布の豪邸に住んだとしても本質的には「米兵相手の娼婦」根性である。
 彼女のエゲツナイ言動を見ていると、この人はコアの部分で売春婦なのだと思う。

 私の母も、その後の人生でどんなに失敗し、苦労しても、
 華やかな英文学を専攻している女子大生だと今でも思っているようである。


 
 
骨折母
 母親が玄関で転倒して、足の甲と足の指3本を骨折した。
 全治2ケ月とのことである。
高齢者の転倒事故は、めずらしいことではないが、転倒の原因は母の昔からの癖にある。

 母は同時に2つのことをやらなければ「もったいない」と言う癖がある。
 つまり、夕飯の仕度をしながら、同時に足で台所の雑巾ガケをする。
 手と足で同時に仕事をしなければ、時間の無駄だと言う理屈らしい。

 4人の子供の子育て、家事、父親の自営業の片腕、飲食店経営と同時にこなしてきた母親からすれば、手と足で同時に仕事をすることはあたりまえらしい。

 確かに私から見ても、器用だと思うが行儀が悪いと昔から、子供心に思っていた。

 何かトンガとか、雲南省とかの未開の民族の生活様式のようだと思っていた。

 今回の場合は、郵便箱から郵便、新聞を取る行為と、庭の水まきを同時にやろうとして転倒したらしい。

 手で郵便箱、足で水撒きホースの操作。
最新パソコンのCPU並みの動作である。

 74歳の年寄りには、と言うか、普通の人間には難しい動作である。

 転倒して当然とも言える。
しかも、なんで、忙しくもない現在、そんなに急いで家事をやらなければならないのか?
 
と言うと

「こんなセッカチな性格になったのも、オヤジが悪い。
オヤジが甲斐性なしだから、自分ががんばって稼がなければならなかった。
こんなセッカチになったのはオヤジが悪い。このセッカチな性格は、今でもなおらない。」

と今度の骨折も、亡くなったオヤジのせいにしている。

 違うような気もするのだが.....

 ここら辺の母親の啖呵は、TVドラマの「菊次郎とさき」のさきのセリフと同じである。

 良い意味で取れば、愛情の裏返しなのかもしれない。

 今日は、休日で和漢診療科へ来ている。
ここは、その待合である。待合でブログへ投稿できるのは便利な世の中である。
 ここで写真を撮ってブログに貼ってもいいのだが、それはプライバシーというか、病院内での撮影は禁止というか止めといた方がいいかも知れない。

 今日は久々に鍼治療に来ている。
ここは、国立病院なので「鍼治療」は医療点数にならないので、医者の「施し」でやっていると先生が言っていた。
 つまり、無料というか、ボランティアなのである。

 国立病院での「和漢」は全国的に見て非常にめずらしい。
 私は整形外科からの紹介で、「和漢」と出会った。

 それは股間節の変形から来る腰痛、背中痛の治療で整形外科では、「湿布」と「痛み止め薬」なのだが、それでは効果があまり期待できないし、肝臓が悪いために痛み止めは飲まない方がいいと言うことで、じゃあ、「和漢か!」と言うことになり、和漢診療を続けている。

 和漢の先生は、呼吸器科の先生である。
 もう一人の若い女医さんは、この先生の弟子なのだが専門は内科で糖尿病である。

 この2人の先生は千葉大医学部を卒業し、勤務医として何年か働いたのちに、再び富山の大学に入学して漢方を学び漢方医にもなった。
 かと言って、西洋医学を否定しているわけではなく、西洋医学と東洋医学の「いいとこ取り」をしょうと試みている。

 弟子の若い女医は、週4日間は普通の内科で1日だけ和漢である。
 漢方医と言うと、普通の医者から比べて軽んじられる傾向がある。
 それは、インチキな整体師とか、あやしい治療院とかあって漢方医と言うと何か医者でない扱いを受けたりするみたいである。
 問診中にそんな横柄な患者がいると先生は、自分の専門は呼吸器系の内科医ですと告げている。
 なんで私がそんな問診中の事を知っているかと言うと、私はカーテン1枚隔てだけのベットで鍼治療をしているからである。
 そんな訳で、多くの人の問診を聞くことができる。
顔はわかりませんが、その人のかなり深い人生を聞くことができる。
 初潮、流産、リストラ、離婚、不妊、うつ病、痴呆、介護.....。
 人生、一切皆苦と言う問診である。
だいたい、和漢に来る患者はどこの診療科からも見放された患者が多い。
 なので、問診も悲惨な話が多いのではないのだろうかと
思う。
 疲れたので、このネタはまたにする。

1000台の低スペックPCが奇跡の復活、その秘密は……
現在、全国の小中学校高校において、遊休資産と化しているPCは40万台に上るといわれる。この分野にOSSを携えて取り組んでいるアルファシステムズが松戸市教育委員会での事例を披露した。


 http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0706/06/news126.html

 3万円の中古パソコンを購入して思うことは、デジタルの世界では完全にマイクロソフトの支配に置かれていると言うことだ。

 マイクロソフトがアップデートしないバージョンのOSでは、パソコンは機能しない。
 完全にイニチアチブを一企業であるマイクロソフトに握られている。

 これは、個人だけなく、国家もである。

 このデジタル世界でも続く、家畜状態を脱却する方法としてOSをリナックスに変える方法がある。

 はっきり言って、かなり面倒だ。

 しかし、ゴミ同様の中古パソコンが最新型の機能になる奇跡の技は、デジタル縄文人のチャレンジ精神を呼び起こすのである。

 まず、ブラウザをIEからオペラとか、firefoxに変更した。
私のOSバージョンでは最新のメディヤープレーヤーには更新できない。
まったく、ふざけた話であるがマイクロソフト社には逆らえないのである。

 firefoxはリアルプレーヤーとセットになっていた。
 完全にマイクロソフトと対抗している。

 オペラは、近頃は飛ぶ鳥を落とす勢いのブラウザーらしい。

 キャッチフレーズは
「10年前のパソコンでも快適にブラウジングできます」とのことだ。

 まず、ブラウザの研究をしたいと思う。
集計時刻:2007/09/01 06:00:00

■□■ 合計


 評価損益 :-858,690

================================

◆ ドル/円(買)
 未決済ポジション :95,000
-----------------------------
 評価損益 :-537,090

◆ NZドル/円(買)
 未決済ポジション :50,000
-----------------------------
 評価損益 :-321,600


 長期戦で勝つ、です。
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